段々と日常がつまらなくなる。
中年クライシスの典型的な症状。
刺激を求めて「新しいこと」をやっても、「なんか見覚えあるな」の連続で、新鮮さが無い。
でも、それで良いんだなと思えてきた。
「新しい体験」が新鮮じゃない
僕は「新しい体験」をNotionにメモしている。
そして新年を迎えた頃に「去年分の新しい体験Note」を見返すのが好きだ。
「去年はこういうところに行ったのかー」
と、アルバムを見返す感じ。
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そもそも何故「新しい体験Note」を始めたのか。
確か30超えた辺りだったかな。
「何か日常に刺激が欲しいなぁ」と漠然と感じるようになって、それで「毎日 つまらない」とかで検索。
そしたら「私は毎週新しいことに挑戦しています」という記事を発見。
それに感化されてトライしてみるも「毎週新しいことをするのは負担」と気付き、それで「せめてメモを取るようにしよう」と、「新しい体験Note」に落ち着いた。
「新しい体験Note」の記録は、当人の資質が「メモ魔」かどうかによると思うが、割と楽しいのでおすすめ。
たまに意図的に「新しいとこ」に行く
「新しい体験」のほとんどは結局「新しい場所」で起こる。
つまり僕は、「最近体験Note埋めてないなぁ。久しぶりに知らん土地に行くか。」
つって冒険をしてみている。
これはめっちゃ良いことだと思う。
大してワクワクもしない場所に行くのだ。
新しい場所が、楽しくない
家に居てゲームばっかしてても、もうそんなに楽しくない。
で、「体験Note埋めるためにも外へ出よう」と、知らない土地へ行ってみる。
大抵の場合ただその土地を歩くだけになるのだが、入りやすそうなお店があったら入ってみる。
で、なんやかんや2時間くらいで帰路に着く。
この行為、24歳の自分なら、
・アドベンチャー感
・スリル
・開拓感
で溢れていたと思う。
でも最近は「だるいなー」としか思わない。
家を出る時も、いや、出る前が一番「だるいなー。やっぱ辞めようかな。」と思い、それでも「自分との約束を果たすため」に目的地へ行く。
そして狙い通り散策してる最中も「だるいなー」と思う。
これは「好きな場所」でも起こる。
ついさっきだ。
「昔良く一人で通ってた大好きな場所」に7年ぶりに行った。
まぁ、福岡の「西公園」という場所だ。
で、やはり「気分がパっとしないなぁ」と思った。
歩いてて「どこで折り返そうかな」としか考えなかった。
でもね、それで良い。
「アクティブな体験」は、ダルくても良い
「新しい体験」にテンションが上がらない。
でもそれで良い。
普段行かない土地を歩いてる間、「早く帰ってゲームしたい、勉強したい、コーヒー飲みたい」なんて思う。
その感情こそ理想。
もはやこの気持ちになりたくて外へ出ている。
朝、家を出る前は「暇だなぁ。かと言ってやる気もないなぁ。家から出てなんか刺激的なことしたいなぁ」と“疲れ”ていた、家から出たがっていた。
それが「新しい体験中」は「帰りたい」と思うのだ。
そして実際に帰宅したら、勉強もゲームもすっげー捗る。
マジでハリが違う。
やっぱ「嫌なこと」って大事なんだな
僕は今ホワイト企業で働いているが、ブラック企業で働いていた頃は良く精神を病んでいた。
ただ、今思い返せば「少ないプライベート時間」でやる全てのことが輝いていた。
・宿題を終えた後のゲーム
・部活を終えた後の帰路
・無関心な結婚式の帰り
この「解放感」。
こればっかしは「嫌なことを抱えた後」しか味わえない。
で、僕は「新しい体験」という「嫌なこと」を達成し、その後のプライベートを楽しんでいる。
もちろん「新しい体験」全てがつらいわけじゃない。
というか楽しいことの方が多い。
でも「ハマらなかった」時の心の持ち用として、「帰宅したい」というパッションもまた、素敵なものなんだなと気付けた。


