夕方の暗がりに眠くなって寝て、今(21:30)に起きた。
こういう睡眠を摂るとえらく切ない気持ちになるのはなぜだろうか。
思えば子供の頃からそうだ。
変な時間に起きるといつも切なくなる。
「この現象は自分だけだろうか?」
と思って調べてみると、やはりネット上には自分と同じような人が存在した。
何故夕方起床は切なくなるのか?
Yahoo知恵袋では「せっかくの休みを無駄にしたという思いから切なくなる」という解答が多数あった。
質問:
朝起きるとそうでもないけど
昼寝して夕方起きると
物凄く
悲しくて、切なくて、空しくて 何か不安に成りますベストアンサー:
自分もあるのでよく解ります。
時間が遅く暗いのもありますが、おそらくその日を無駄にしたという感じがあるんでしょう。
普段起きている時間を寝て過ごしてしまった。他に色々やれることはあったのに。そんな気持ちが気分を暗くするんだと自分では思いますね。
確かにそれもあるだろうが、僕には当てはまらない。
僕は明日休みだし、寝ることが大好きだから「寝て一日を無駄にしている」という思考が無いからだ。
ではなぜ夕方起床は切ないのか考えてみた。
夕方は人を鬱にする
まず言っておくが僕は夕方が大好きだ。
あの、日向と日陰のコントラストがほぼゼロになり、まぶしさもなく、全体的にグレーのフィルターがかかった街の景色を見るとウットリする。
しかしこの話を誰かにしても、大抵の人が「夕方は暗い気持ちになるから私は苦手」と言う。
僕もそれは分からんでもない。
夕暮れ時に一人で薄暗い部屋にいたら、確かに少しだけ気が滅入るような何かを感じる。
「少しだけ気が滅入る」と書いたが、時期やタイミングの兼ね合いでそれは”少し”ではない場合もある。
夕暮れ時というのは照明を点けるのに迷うタイミングだから、薄暗さも意識して感じる。
また、夕暮れ時は「黄昏時(たそがれどき)」と呼ばれるように、人間のように自覚を持った生き物に対して何かしらの空虚を与えるのかもしれない。
(もしかしたら動物たちも何か感じてるのかも)
しかし僕は「夕暮れ時で鬱になるのは家にいる場合」のみだと考えている。
その条件さえ回避していれば、自分がどんな心境だろうと夕方に苦しくなることは無い。
外にさえ出ていれば、
酷い雨が降ろうと、寒かろうと暑かろうと、誰かにフラれた直後だろうと、その瞬間は本当に素晴らしく、地球上で最も美しい時間帯だと捉えている。
そんな美しい「マジックアワー」だが、「もし一日中夕暮れだったら?」と考えると、それはそれで死にそうになるかもしれない。
正午くらいの突き抜けたような明るさも欲しいし、ド深夜の暗さも当然欲しい。
何日もカンカン晴れが続いていると「たまには曇りが欲しいな」と思うように、適度に別の明るさが欲しい。(僕の場合は曇りや雨が好きなので逆だが)
そう考えると、夕方というのは「一日の中でも希少」だから好きなのかもしれない。
夕方起床が切ない原因は「夢」だと思っている
夢でしか会わない人もいるし、夢にしか出てこないトラウマもある。
夢というのは基本的に支離滅裂なストーリーだが、時々実生活にも影響を及ぼす強力な何かを感じる。
普段寝ていない時間帯に眠ると、体がしっかり落ち着かないせいか深い眠りに就けない。
それでまず昼寝は夢を見やすい。(夜の当たり前の就寝以外を全て”昼寝”に集約します)
よって、寝ている間に(頭の中で)何かしらのイベントが起きる可能性が、夜の睡眠に比べ高くなる。
それが切なさを増幅させているのかもしれない。
僕はさっきの昼寝でも何か夢を見た。
その内容はいつも通り支離滅裂であるためここでは書きたくない。
ただ言えるのは「切なさを覚えるような内容ではない」ということ。
これが「君の名は。」ばりにロマンス要素の強い内容だったら切なくなるのも理解できる。
しかし今回見た夢はそんな感じでは無い。
もちろんこれは「入れ替わり」のみを指しているわけでは無く、例えば「夢の中でしか会わない、自分にとって完璧な女性との出会い」など、寝起きに空虚を感じる夢を総括したものだ。
僕の場合は長い昼寝などでこの手の夢を見る可能性が高い。
しかし改めて言うが、今回はこういう夢じゃなかった。
それでもやはり切ない何かを感じている。
睡眠中は感覚が研ぎ澄まされる
僕の認識では、夢は「自分との対話」だと思っている。
夢の内容によって「あなたは成功願望がある」とか「あなたは失敗を恐れている」など、「自分の本心」が分かる。
自分の潜在意識と対話し、自分が何を望んでいるか、何に恐れているかが抽象的に分かるのが夢だと思っている。
反対に、「その夢を見たという事は、近いうちにあなたに幸運が訪れるかもしれません」というような「夢占い」は全く信じていない。
スピリチュアル系の話題自体は好きだが、夢に関してその手の占いで当たった事が無いし、そもそも誰にでも当てはまるようなことしか言わないから夢占いを信じていない。
そして夢というのは、かなり感覚が研ぎ澄まされる。
僕の夢には時々「実家のダックスフンド」が登場する。
彼はもう13歳で、もしかしたらもう間もなく寿命が来るかもしれない。
僕はそれが怖い。
でも起きている間は、その事で涙を流したりはしない。
しかし夢で彼が登場した後、目が覚める時に胸が締め付けられる強力な何かを感じる。
きっと喜怒哀楽を感じる部分が、起きている時よりも敏感になっているのかもしれない。
好きな人、タイプの女の子等が登場する夢も不思議だ。
目が覚めた後に不思議な感情になる。
その中でも僕が一番「感覚が研ぎ澄まされている」と感じるのは、「死にかける夢」だ。
よくあるのは「高いところから落ちる夢」。
僕は日頃、高所に関してそこまでの苦手意識はない。
カイジの鉄骨渡りを観ても、「これ俺だったらそこそこ余裕で行けそうだな」とか調子乗ったことを思ってしまう。
しかし、実際にあの鉄骨に乗ったら、きっと僕は怖気づくだろう。
ただ単に、安全地帯にいる今の僕にはその「鉄骨の上の恐怖」が想像できないだけだ。
でも夢では、それをリアルに感じられる。
下半身からゾワゾワ…っと来るあの高所の恐怖心を味わえる。
もはやそれは「想像」ではなく「体感」なのかもしれない。
犬の死。
自分にとって理想の人との遭遇。
自分の死。
夢は頭の中で完結しているから「想像」でしかないはずなのに、夢の中で僕たちは明らかに「体験」している。
現実ではないことに対して、まるで現実に起きたことのようにリアルに感じているから、それなりに感覚が研ぎ澄まされているのだろう。
夕方起床で切なくなるのは、個人的には好きな現象
目が覚めて周りがいつもより静かだ
窓の外も暗い。
普段なら朝9時頃に起きるので、当然外は車の音がするし、明るい。
でも夜は静かで暗い。
朝起きた時の心境と、夕方頃に起きた心境。
この違いは人間の精神にとって偉大なのかもしれない。
昼とか夕方に寝て夜起きると何故か切なくなる現象:まとめ
もし太陽が昇らず、いつ起きても外が真っ暗という状況ならそれは本当に苦しい。
生活リズムが狂った人が鬱になるなりやすいというのも良く分かる。
僕は今寂しさを感じている。
普段はあまり感じない感情だ。
基本的に人混みは超が付く程嫌いだし、全人類が自分以外消えて、アイアムレジェンドみたいな状況になったら楽しいだろうなと考えたりもする。(数週間で発狂するだろうが)
しかし夕方起床直後のこの瞬間は、人が恋しくて仕方ない。
外に出て誰かとすれ違う度に安心する何かを感じる。
特に理由もなくコンビニに行ってしまう。
「自分以外に人がいて良かった」と心から感じる。
だから夕方起床が好きだ。
もちろん毎回は嫌だ。
鬱になるからたまにでいい。
同じ理由で、夕方が好きなのは「非日常」だからかもしれない。
一日のうち、夕方は1時間程度しか占めない。
夕方起床も年に一度くらいでいい。
おー!解説ありがとうございます!
私は入院経験もあるうつ病患者なんですが、毎朝2時とか3時に目が覚めます。心が暗い時もあれば使命感みたいな心の切なさがあるときもあって不思議に思っていました。夢が大いに関わってることは確かですね。
昼寝の後に夕方になっている時は「1日が早いなぁ」と思います 。昼寝は単純に気持ち良いので私の場合は後悔は感じたことはなかったです。別の視点が聞けて良かったです^ ^
ちなみに村上春樹さん好きですか?
文章のニュアンスに近いものを感じました。
良い意味で。
るん様
コメントありがとうございます!
やっぱり夢の影響力はありますよね
>ちなみに村上春樹さん好きですか?
小説はほとんど読まず、村上春樹さんも読んだことは無いですが、
「似てる」なんて言われるとは!
ありがとうございます!
めちゃくちゃわかります。
私も理由がわからず、誰か共感できる方がいないか、ネットで探していたら貴方様の記事にたどり着きました。
未だに悲しくて切なくて心細くなる現象に悩んでいます。
不思議ですよね。しかも、お昼寝したり逢魔が時に起きた時に起こります。家族が無性に恋しくなったり、鬱なんじゃないかって思ってしまいます。未だに解決しない問題です(^ω^)
みなみ様
コメントありがとうございます!
こういう話は中々人に伝わらず…共感してもらえて僕も嬉しいです!
同じ方がおられましたか!!
意外とネット検索でこの現象が出てこないので。。。。
私は圧倒的に夕寝(PM 5~7時に起床)したときですね。
起きた時の落ち込みは尋常ではありません。精神状態が良い時期は、その落ち込み感を楽しむことができますが、精神状態が良くないときは、そのまま自殺したいと強く思います。
起きたときの感じは、
前者では、強烈な喪失感・ここではないどこか感
後者では、強烈な不安感・後悔の念(寝てしまったからなどではなく、人生に対する) が中心ですね。
前者は、その意味では、非常に不思議なある意味でトリップ感に通じるところもあり、逆に快感を感じることもありました。
どちらも共通しているのは 不安感 ですね。 私はもともと、うつ気質ですので、この現象が個人的なものか、人間として普遍的なものがは正直わかりません。。。。