僕はリサイクルショップが好きだ。
狭い空間にいろんな雑貨、生活用品が置いてあるという事実に興奮する。
しかし何故かそこに長居できない。
何故か具合が悪くなってしまう。
自分なりにこの感情?症状?の意味をまとめてみる。
「リサイクルショップ 具合が悪くなる」
「中古 具合が悪くなる」
「中古 嫌い」
などのワードで検索される方におすすめです。
リサイクルショップに行くと具合が悪くなる理由
まずは自分が思う理由をまとめてみる。
理由①空気が汚れている
人が使いこんだものがそこには大量においてある。
だから「生活臭」が漂っているのだと思われる。
もしかしたらカビの匂いかもしれない。
「匂い」により体調が悪くなることは大いにあり得るため、リサイクルショップ特有の「空気」が原因であまり長居できないのかもしれない。
理由②霊的な怨念を感じている
特に中古の宝石などは「お金に困って手離す」だとか「故人の整理」だとかで、あまり良い念が込められていない場合が多い。
僕は宝石やブランド物にはあまり興味が無いが、やはり中古品にはそういう「前オーナーの怨念」が込められており、どこかでそれを感じているのかもしれない。
もしくはそう思い込むことで嫌悪感を感じているのかもしれない。
理由③「人が使い込んだもの」という事実が気持ち悪い
「人の親が握ったおにぎりが食べられない」とかそういう類の話。
半ば潔癖症の人にとって、「他人が使ったもの」はそれだけで若干嫌悪感を感じる。
僕にも思い当たる節がある。
人が握った直後のまだ生暖かい吊革は握りたくない。(わざわざリングの部分を半回転させてから掴まる)
しかし、人が握った後に時間が経ち冷たくなっている状態なら特に気にならない。
要は「気の持ち用」の話なので科学的では無いが、そういった心理的な部分でリサイクルショップに嫌悪感を感じるのかもしれない。
理由④狭い空間に物が多すぎる
リサイクルショップや中古屋は基本的に物が多い為、そもそも「ミニマリスト」に近い生き方をしている僕にとって真逆な性質である。
リサイクルショップが好きな反面、どこかで「物が多過ぎてその事実が気持ち悪い」と感じているのかもしれない。
関連記事:
映画「ミニマリズム」から学んだこと。誤解してたこと。 | ぱっかんシネマ
※関連記事は最後にまとめて紹介します
それでもリサイクルショップが好き
最近はあまり購入しないが、「中古ゲーム」や「中古CD」を昔は良く買っていた。
特にゲームに関しては「一度プレイし終えたら飽きる」という性質上中古市場が賑わいやすい。
だから普通に面白い作品が通常より安価で購入できる。
(とは言え最近の中古ゲームショップは経営不振が続いてるが)
リサイクルショップも「思わぬ掘り出し物があるかもしれない」という理由から好きだ。
自分にフィットする完璧な商品が、中古というだけで想像以上に安く手に入った時の満足度、充実感は相当高い。
高い買い物をした後の満足感もそうだが、「思っていた以上に安く買えた時」の満足感、幸福感は、直後の数日間、その商品が視界に入るだけでも感じられたりする。
「良い商品をリサイクルショップで安く手に入れる」というのは僕にとって数年に一度あるか無いかの稀な出来事だが、その為だけに僕はリサイクルショップにたまに立ち寄っている。
逆に「新品」の安心感
なんだかんだ「新品」には言いようのない嬉しさがある。
最新の電気製品が置いてある家電量販店や、広い空間に素晴らしい家具が置いてあるインテリアショップ等に行くと、どんな高い商品だろうと欲しくなる。
「新品の清潔感」について普段は当たり前過ぎて考えもしないが、中古について深く考えるとそのありがたみに気付く。
新品の家具を部屋に設置した時のあのワクワク感は凄く心地良い。
反面、中古の家具を部屋に設置した直後はしばらく気持ち悪さを感じる。
しかし次第に慣れていく。
リサイクルショップに行くと具合が悪くなる:まとめ
理由①空気が汚れている
理由②霊的な怨念を感じている
理由③「人が使い込んだもの」という事実が気持ち悪い
今はこの3つしか理由が思い当たらないが、他にもあるような気がする。
リサイクルショップが好きなので出来れば長居したいが、具合が悪くなるという特性のおかげで無駄遣いをしていないという事実もあるので、やっぱりこのままでいいや。
記事中に登場したリンク:
映画「ミニマリズム」から学んだこと。誤解してたこと。 | ぱっかんシネマ