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思い出の品を捨てる時とても寂しくなるが、それでも僕は断捨離する

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ぱっかん
執筆者:散歩ブロガー「ぱっかん(@pakkan316)」福岡散歩ブログも絶賛更新中!

今、会社の方針でコロナ自粛中。
暇なので久しぶりに断捨離をしてる。

断捨離中「これは捨てよう」と判断した物の中には、それを見るだけで心が締め付けられる物もあった。

こういう時、僕はミニマリストなので捨てられるが、中には捨てる判断が出来ない人もいるだろう。

当記事は「今の自分の心境をまとめた系記事」ではあるが、「断捨離で迷っている」という人にも何かヒントを提供できると思うので、そんな人には是非読み進めて欲しい

8年前の思い出の品々

まず、いつの間にか溜まりまくったUSBコードとかHDMIケーブルとか、「最低3本持っとけば足りるだろう」みたいな物は、不要な分は全て迷わず捨てた。

問題なのは「そんなに思い入れは無いが、一応思い出の品」だ。

主にバイト先の先輩、後輩からもらったメッセージカードの数々。
それは「メッセージカードを積極的に送ろう」という文化が強い某コーヒーチェーンのもので、枚数は100枚近くあった。

また、常連さんからもらったどこかの甲子園の野球ボールとか、8年間一度も必要とはしなかったが、捨てようとすると戸惑うものも多かった。

 

これらの品は、実は今まで何度か「捨てようかな」とは思ったものの、そんなに場所も取らないし、心苦しいので特に捨てなかった。

でも今回は捨てる、捨てます。捨ててやる!(心苦しい…)

ここで捨てたら、彼らは世界から消える

“彼ら”とは、このメッセージカードのこと。

ある程度他人と接しながら生きてきたら、メールやチャット等のテキストだけでなく、時には温もりのあるメッセージカードを頂くこともあるだろう。
少なくとも僕はそうだった。

(もしメッセージカードにピンと来なかったら、何かしらの贈り物、思い出の品に置き換えて読み進めて欲しい)

それらはだいぶ昔のもので、たぶん贈った側も贈ったことを忘れている。
もし写真と共に「これくれた事覚えてる?」というLINEメールを送ればその人も思い出すかもしれないが、今更そういう確認をする距離間でもない。

となると、この思い出は全宇宙の中で自分しか知らないことになる。

もしここで思い出の品を捨てたら、今後自分はこの思い出を二度と思い出さなくなるだろう。
つまり誰も思い出さなくなる。
この宇宙の中で、誰も、二度とこの事を思い出さなくなる。

そう考えると、とてつもなく胸が痛む。

 

捨てられなくなる。

大げさでもなんでもなく、
ここで捨てたら、彼らは世界から消える

捨てる時は苦しい。でも、捨てる

バイト先とか、他人からもらった系のメッセージカードをたった今全てゴミ袋に入れた。
でも両親からもらったメッセージカードは残している。

とりあえずここでは、「何故こんなに心苦しいのに、あえて思い出の品を捨てたのか?」を伝えたい。

我々ミニマリストは、快適な生活の為に良く物を捨てる。
それは、自分の生活に不要なものが入り込んで来るのを嫌っているからだ。

では思い出の品はどうだろうか?

それを見て昔のことを思い出せて、「そういえばこんな事もあったなぁ」とウットリ出来る。
だからそんなに不要でも無い。

でもそれを見て「また前向きな気持ちになれるか」を考えると、その限りではない

今回のメッセージカードは、「こんな事もあったなぁ」とは思えど、(今の自分が)そんなに前向きになれる要素は無いと感じた。

カードの内容を読んでみると確かに嬉しい事ばかりが書いてあるけど、それを読んで「こんなに愛されていたのか!」と考えている自分の事を、僕はあまり好きになれない

これは時折、「学生時代に戻りたい」と言う人を嫌うのに似ている。
僕は日々成長を感じており、結果、常に今が最高なので、過去にだけは戻りたくない

そして捨てる決断に繋がった理由がもう一点。
メッセージカードを読み返しても「今の自分が賞賛されている訳ではない」という嫌な気持ちになるからだ。

 

まるでただの「良かった頃を思い出して現実逃避してる人」だ。

もしそのカードを見て「当時の自分はここが優れていたのか。またこの点を伸ばすか」と前向きになれるならともかく、

・あの時は良い人に恵まれてたなぁ
・そういえば皆で祭りに行ったなぁ

とか、今の自分に何のメリットも無い思い出しか出てこないなら、もう思い出す必要は無いと決断した。
(特に“祭りに行った”とか、その時のメンツで再会して盛り上がるならともかく、一人でわざわざそこに浸りたいとは思わない)

さすがに「両親からの思い出の品」は取っているが、それはもちろん両親が変わり果てた時に大泣きする確信があるからだ。
誰だってそうだと思うが、家族と他人では精神的な繋がりが全然違う。

というわけで、心苦しい気持ちはあるが、僕は現在とこれからに満足しているので、「思い出の品」を捨てる判断をした

「当時の思い出の方々」に向けたメッセージ

万が一「当時の方々」がこれを読んだら「私が渡したメッセージカード捨てたの?!」と怒るかもしれない。

でも怒らないで欲しい。
僕の理想では、あの頃の思い出は、出来ればあなたと一緒に居る時に思い出したい、と思っている。

確かに当時は楽しかったから、それを思い出すことで幸せな気持ちになれる。
でもそれを一人でしていても、「現在の方が上回るもんな・・・」という事実がチラつくので、どうしてもむなしい気持ちも出てくる。

だから何かの機会で再会した時に一緒に語り合いたい。
僕はそういう状況であれば心から楽しめる。

でもね、たぶんそれも叶わない。
さっきから言ってる「あなた」とは誰か特定の人物では無いけれど、僕から連絡を取ることも無いし、きっとあなたから連絡が来ることも無いでしょう。

僕たちはもう二度と会わない。
生きているステージが変わると接点が無くなる。
社会人になったらそれが良く分かる。

結局のところ「面倒くささ」とかもあって、僕たちは今の環境、人間関係に満足していたら中々そこから出ない。

当時のあなた方には心より感謝してる。
そして今、目の前にあるメッセージカードそのものにも、子供の頃に遊んでいたおもちゃのように、心より感謝している。

でも僕もあなたも前に進まなければならない。
だから“彼ら”は廃棄し、今すべきことをやります。



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名前:ぱっかん(@pakkan316
一人が大好きなぼっちブロガー。
働き方、生き方、日々思った事、クッソどうでもいい事などをつづってます。
孤独との向き合い方や、孤独の楽しみ方をメインに情報発信しています。

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「当ブログ」と「ぱっかん」について

【職業】web諸々
【趣味】考えをまとめる・散歩・映画
【好きなファッション】ウォーキングデッドに出てきそうな奴
【好きな食べ物】ネオソフト・きなこご飯
【ストレングスファインダーの結果】着想/最上志向/内省/共感性/運命思考

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あまり精力的では無いですが、「Trash Area」という名前で音楽活動をしています。
エモいバンドサウンドが好きで、そういう曲をたまに作ってます。

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