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一人ご飯は好きだけど、飲食店に入りづらいのがネック

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ぱっかん
執筆者:散歩ブロガー「ぱっかん(@pakkan316)」福岡散歩ブログも絶賛更新中!

僕は一人で食べるごはんが好きだ。
一人でカウンターでゆっくりご飯を食べたい。
だが、「飲食店に入る瞬間」が一番苦手だ。

一人で店をくぐるのに勇気がいるし、実は「二人以上で入る時」も少し緊張している。
つまり僕は「飲食店に入る瞬間」そのものが嫌なのだ。

※関連記事は最後にまとめて紹介します

※当記事は
「一人ご飯 入りづらい」
「飲食店 入りづらい」
「一人ご飯 恥ずかしい」
などのワードで検索される方におすすめです。

なぜ飲食店の入り口はあんなに敷居が高いのか?

「飲食店のドアを開ける」
ただそれだけなのに、初めて彼女の家に挨拶に行くくらい緊張する。

むしろ緊張し過ぎてそのまま店の前を通り過ぎることもある。
何度か通ってから意を決して入ることもあるくらいだ。

なぜ飲食店の入り口はあんなに敷居が高いのか?

答えは簡単だ。

「通行人に見られている」からだ。

他の通行人に、「店に入る瞬間」を見られるのが嫌すぎて入りにくい。
なぜ通行人に見られると嫌なのか?

それは「恥ずかしい」という感情に繋がる。
恥ずかしくていやだ。

「誰もお前のことなんて見てないよ」という話だしそれは頭で理解しているつもりだが、如何せん行動に移せない。

(あ、今あの人あのお店に入っていった)

と思われたってぶっちゃけどうでもいい。

でも、そう思われてると思うと凄く入りづらい。
とても恥ずかしい。

自意識過剰が過ぎるというだけの話じゃない

 

もはやこれは「性癖」的な話なのかもしれない。

以前ネットでこんな書き込みを見た。


私はマックでホットコーヒーを飲むとき、フタは外して飲む。
その方が飲みやすいし、早く冷めてくれる。
でも、他の人から「あいつフタに飲み口ついてるの気付いてない」と思われてると思うと恥ずかしい

まず僕は初めて「フタを外して飲むのにメリットがある」ことを知った。
そして、「それをやると”勘違いしてる”と思われてる気がして恥ずかしい」という感情に辿り着くことも初めて知った。

僕はフタを付けたまま飲む派だが、仮にフタを外して飲むとしても「恥ずかしい」という感情は一切湧かない。

でも、「飲食店に入る瞬間」の恥ずかしさは半端じゃない。

僕とは違い、一人飯が苦手な友達に「店に入る瞬間の気持ち」について聞いたら「恥ずかしいと思ったことは一度もない」と言っていた。

何かをする時に自意識過剰になってしまい恥ずかしくなのは誰しもあるようだが、その指向は一人ひとり違うようだ。

 

ちなみに僕は「大勢に見られるのが嫌」だから飲食店に入りづらい。

特に入りづらいのは”大通り沿い”のお店

僕が好きな飲食店は、大通りが交差する信号付近にある。
よって、信号待ちのドライバーからの視線が恥ずかしい。

だからできるだけ車が走ってる間に店のドアを開けたいのだが、交差点なのでどちらかの赤信号側の車は停まっている。

自分でもしっかり理解しているのだが、「ドライバーの視線が恥ずかしい」というのは、そもそも僕の思い込みである。
ドライバーが自分のことなんて見てるわけがない。

ただ単に、”自分だったら見るだろうな”と思っているだけのことである。

僕は一人で思い込み、一人で恥ずかしさを感じ、一人で行動を制限しているのだ。

改善策はもうメンタル補強しか無いだろう。

まとめ:僕は飲食店を”悪”だと思ってる?

「恥ずかしいと感じるもの」は意外と一人ひとり違う。
もしくは、恥ずかしいけど乗り越えた、という人もいるだろう。

僕の弱点は、「意識してないところでの迷惑」だ。
いつかこの記事も書こうと思うが、例えば「これは迷惑行為だ」と分かり切っている状態で行う迷惑行為は、全然苦しくない。
(これは人としてどうかと思うが・・・)

しかし、「自分が気付いていないところでかけてしまう迷惑」にはひどくダウンする。
これもほとんどの人がそうだろう。

(みんなそう思ってたんだ・・・)
と後で知るのは精神的につらい。

そして僕は、自分の音楽や絵、文章を見られることに特に恥ずかしいという感情は無い。

 

”音楽”に関しては確かに最初は恥ずかしかったが、慣れた。

文章に関しては、昔から見られることに恥ずかしさは無かったし、そもそもある程度の自信がある。

絵はクソヘタなので、観られようとも、何を言われようとも何も響かない。

そもそも「福岡でTOP10に入るくらい字が汚い」という最大級の欠点を患ってはいるが、これももう受け入れている。
というかうしろ個性として気に入っている。

これらの「恥ずかしくないもの」の共通点「自分で準備した」ということだ。
言わば「能動的に作り出したもの」であり、自分で意識して創作している。

逆に「飲食店に入る」という行為は、「店が用意したものに誘われて行ってる」という構図で、どちらかと言えば受動的な行為だ。

まるで「おいしい匂いに誘われて罠にかかりに行ってる姿」とも取れる。

僕が飲食店に入る姿を見て、その辺の人たちが、
「あ、あいつ罠に引っかかりに行ってるぞw」という。

自分で書いててアレだが、「飲食店 = 罠」と捉えると少しシュールで面白い。
でも「恥ずかしい」の原因として、「飲食店を悪く思っている」というのはあるのかもしれない。

なんかトラウマとかあったっけ。



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一人が大好きなぼっちブロガー。
働き方、生き方、日々思った事、クッソどうでもいい事などをつづってます。
孤独との向き合い方や、孤独の楽しみ方をメインに情報発信しています。

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【趣味】考えをまとめる・散歩・映画
【好きなファッション】ウォーキングデッドに出てきそうな奴
【好きな食べ物】ネオソフト・きなこご飯
【ストレングスファインダーの結果】着想/最上志向/内省/共感性/運命思考

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